近々発売のアルバムほか

Cheap Girls - Giant Orange(2011.2.21)

Lemuriaとのスプリットや以前のアルバムに比べると確実に奥行きのあるサウンドになっていて聞き心地のいいバンドになってる。If You Make ItやNervous Energiesでのセッションなど、メジャーレーベル移籍にかかわらず自らプロモーションする姿勢は悪くない。

 

Hop Along - Get Disowned(2012.4.1)

無敵のHop Alongついに待望の2ndアルバム。前作はまったく入手できないので、先行シングルのままbandcampでリリースしてくれることを祈る。単純な曲調をどうやってこのバンドサウンドのままアルバム全体として聴かせるのかが楽しみ。

 

Screaming Females - UGLY(2012.4.3)

アルビニプロデュースでどうなるかという一枚。ファズギターをいかにポップに聴かせるかという珍しい試みをしてるバンドだと思う。It All Mean Nothingや前作のWildを聴くかぎり新作ごとにフックのある鋭い曲が増えてくのではないかという印象を与えてくれる。

 

Lemuria - ?(2012.4.21)

まったくタイトルや先行シングルとかもないけど、以前のアルバムPebblesから上のPVを発表した際に今年のレコードストアデイでリリースしますよとのこと。初めてのPVってことで、ツアー組んで周りまくるバンドも元気があって良いのだけど、海外組の僕らにはこういう方がありがたいなーとしみじみ。

 

Punch - Nothing Lasts

女性ボーカルのハードコアパンク。新作ではないんだけどAmazonでの発売が2月14日。ハードコアはやっぱ7inchってことで、だれかバレンタインにプレゼントしてください。

 

赤い公園 - 透明なのか黒なのか(2012.2.15)

以前からそれなりに名前は耳にしていたんだけど聞く機会がなく、iTunesでのシングル「透明」を聞いていいなーと。とくに難しいことやっているわけではないけど一味変わった風に聴かせられるというのはなかなか珍しいバンド。5月にもう一枚リリースするらしいので、それなりに話題になるんじゃないかなと思う。

 

livetune feat.初音ミク - Tell Your World EP(2012.3.14)

Google ChromeのCMで有名になった曲。iTunesの先行配信で買ったしまったけど、他のももっと聞きたいのでこれも買う。過去のlivetuneの作品はいくつか耳にしていたのにあんまりピンと来なかったけど、この曲はとにかくすばらしい。やっとこさ余計な生々しさみたいな演出抜きであっけらかんと初音ミクを聴かせられるようになったのかなと個人的に思う。

2011年のアルバムたち

今年はなぜか女の子ボーカルのバンドをよく聞いた年でした。地味にSeamやSilkwormの過去作からBottomless PitやKorea Girlを漁る去年だったのですが、Korea Girlを出してるAsian Man RecordsのレーベルメイトからLaura Stevenson and The CansやLemuriaを発掘。そこからポータルサイトIf You Make ItでP.S. Eliotを見つけ…と抜けられないような泥沼にはまってしまったようで、まだまだ活気あるバンドがたくさんあるのは以下を見てもよくわかることだと思います。

 

1

Laura Stevenson and The Cans - Sit Resist

Healthy OneやThe Waitをやたら聞きました。アルバムに2曲はいい曲が入ってるというのはリスナーとして当然要求できることだとは思いますが、それをどうやって繋げてアルバムとして聴かせるかというのが作り手の技術でしょう。バンド編成でないCaretakerやFinish Pieceなどが良い感じに流れを作ってると思います(個人的に変な構成の8:08が好き)。前作の"The Record"にくらべるとシンガーソングライターとしては後退した面も感じますが、バンドとして成熟しつつあるのはMaster of ArtのPVなどから自信が伺えます。「とりあえず何でもできるよ!」ということをこのアルバムで表現したと思うので、次が楽しみです。


 

2

Madeline - Black Velvet

歌のうまさではとにかくズバぬけていて、ちょっと垢抜けないバンドが好きな僕としては気が引けた部分もあったのですが、そんなことどうでもいいやと思わせる魅力があります。以前のアルバムはまだ聞いていないのですが、フロントがソングライターとして確立しているところにとても自信を感じさせるバンドなので、どれから聞いてもたぶん間違いないなとは思います。

 

 

3

Witches - Forever

以前のエントリーで書いたようにCara Beth Satalinoを中心としたバンド。既に活動していた時期が長かったからか1stアルバムとなる本作でもけっこうな実力を伺えます。ソロでも演っているGood Onesから迫力あるコーラスで畳み掛けるGreyまで、荒っぽいギターサウンドを響かせるわりにどこか暖かみのあるところが好きです。

 

 

4

Lemuria - Pebble

リリースを重ねるたびにだんだんと落ち着いた方向性を見せるバンドです。線の細い感じのボーカルをうまく曲に乗せるようになったなと思います。個人的には勢い重視でドカドカドラムを聴かせる初期の曲や、凝った曲調を見せる"Get Better"の曲などが好きですが、バンドとして大きな変化があるというわけではないので嫌いにはなれないバンドの一つです。けど、LemuriaらしいPleaserのようなフックのある曲がもっとあればなあとも思います。

 

 

5

P.S. Eliot-Sadie

P.S. Eliot - Sadie

日本のレコード屋でも売ってるみたいですが、フルアルバムをIf You Make Itで落とせます。前作の1stに比べてバタバタした曲調のものが多くまとまりに欠けるけど、タイトル曲のSadieとアルバムを締めくくるMoon Ringは名曲。7インチタイトルのLiving in Squalorを出して(これもここでダウンロード可)今月にラストライブも行ったので事実上ラストアルバムとなりますが、ボーカルのKatieのソロ名義Waxahatcheeが来年1月にアルバムを出すなどまだまだ期待できそうです。

 

 

 

 

Screaming Femalesとか

一昨年のNMEのインタビューでDinosaur JrのJ Mascisが「最近お気に入りのバンド」に名前を挙げているくらい、Screaming Femalesはやかましい音をいとも簡単に鳴らすバンド。まあ、以前どっかのバンドが鳴らした音を参考に似たようなことをやるバンドなんていうのは腐るほどあるわけで、それ自体はたいして面白くもないということなんですが(けどこの反応は面白い→"OMGOMG")。

文字でわかるならバンドの音なんていらないよというのが最もだけど、映像やイメージは常に少なからず商業的な活動をするバンドには付きまとうもの。リードボーカルを取りつつバックで鋭いチョーキングをかけるマリッサは、見てくれはやさぐれた少女にしか見えない。ライブハウスでみんなで歌って盛り上がるのがYoutube動画なのだとしたら、思わずちゃんとしたカメラマンが撮りたくなるというのがこういったバンドなのだろう。なぜかVimeoに良動画がやたら充実してる。

ベースはダイナソーと同じくリッケンを使いつつもゴリゴリした音ではなく、落ち着いた芯のある音でうまく弦を跨いたフレーズを響かせる。"Wild"などのイントロで聞けるドラムはなんだか情けないけれど、フロアタムに叩きつける感じとか、ハイハットでリズムを崩したりするのがなかなかおもしろい(新しいアルバムのレコーディングが終わったらしいけど、アルビニが録った音ってどんなんなんだろう…)。余談だけど、このドラマーはOccupy Wall Streetとか最近読んだ本に影響されたことをためらいなくブログに書いてたりする。バンドが個人の信条だとかをこういう形で表明するのもめずらしい。

音からさらに関係ないところで、下にPVを列挙しておく。以下のものは映像もうるさいし単調だけど、なんとなくいろいろな色彩を感じさせる。インディーズならではのこういうパッケージングを地味にアップグレードしてるという点でも面白いし何よりかっこいい。

 

Cara Beth Satalinoほか

 女性シンガーCara Beth SatalinoのGift Horse(アルバムGood Ones所収)という曲を、彼女は並行して活動してるバンドWitchesでも演っている。彼女のようにソロシンガーとバンド活動を両方行えるようなアーティストをIf You Make Itでは多くピックアップしてるけど、同じ曲をその両方で披露し、かつ音源化までしているのはなかなか珍しい。

P.S. EliotのKatie CrutchfieldはWaxahatcheeというソロユニットをやっているが、彼女の場合は似たような曲を書きつつも同じ曲の表現でそれを際立たせようとはしていない。ギターのエフェクターによって音を変えるように、ギターロックだったりガレージサウンドだったりと鳴っている音自体を変えることで曲の良さを引き立てている。

アコースティックギターに拳をぶつけるような勢いのある音をそのままバンドの音にするというのはなかなか難しい。前者では小気味良く弾けるような音を、後者ではドーンと響くような音として似たような雰囲気を持たせつつ表現しなければならない。Dinosaur JrのJ Mascisが同じことをやってるけど、実際アコギでファズギターみたいな乱暴さを表現するのはしんどすぎる。

何にせよこういうことができるアーティストがふつうにゴロゴロいるわけわからん界隈(IYMI系?)がおもしろいです。

 

就活にまつわる話

いわゆる「就活デモ」にはじまって、「ギャップイヤー」とか「非シューカツ生たちのポータルサイト」とかのまとめが賑わってる。僕自身特にこれそのものに対してとくに賛成とか反対するのではないのだけれど、同じ世代に当たる人間としては共感するところもある。けれど、90年代後半を実際に眺めつつ過ごした人ならば同じようにして「フリーター」が持ち上げられたりしたのを連想するだろうし、あんまりいい印象を抱かないだろうとも思う。それらの人との間では、「多様性」とか「オルタナティブ」だとか言ってもけっきょくは「甘え」だろうという、いつもながらのお互いの語彙を交換しあって終わりになってしまうのではないだろうか。

僕はこれらの就活に対する動きに関してはとりあえず「機会の平等」を主張しているというふうに受け取るべきだと思うし、それ以外のものはある程度はバッサリと切ってしまっていいとも思う。就活にリクナビとかの企業が与えすぎた付加価値をを分配して、それ以外方法で何かしらのことをやっている人にもスポットを当てるべきだという、言い換えれば企業が産み出したもの(価値)に対して分け前を要求するというのは少しおかしな話ではないだろうか。

企業は産業としてそれらの価値を与えているのだから、オルタナティブな価値を就活に与えたいのであれば産業の枠組みでそれをやればいい。そうでなく公共の言論として主張したいのであれば新聞に投稿すればいい(ツイッターに投稿するよりはよっぽどこのほうがオルタナティブな方法だと僕は思う)。新聞がもはやそのように機能していないというなら新しい新聞社のようなものを作ってやればいいだろう。一企業に対する「恨み言」として言葉が交換されるべきではないというのなら、もっと言葉がちゃんと流通する枠組みを整えるべきだと僕は思う。

(補足するまでもないと思うけど、ポータルサイトなどは僕が平等という観点から見たうえではそれに当たらない。平等というのは他の立場の人にとってもそのメリットが理解できるのでなければ意味がない。一部の人が主張する平等という考えほど矛盾したものはないだろう。)

ナボコフ『カメラ・オブスクーラ』について

ナボコフ『カメラ・オブスクーラ』(光文社古典文庫)を読んだ。解説で言っているようにナボコフの技巧は関心する。映画を見てるように視点が切り替わり、そして各々の視点は重要なものを見ているようで(クレッチマーの事故現場を見る老婆と飛行士など)、まったくその視点は一点へと収束される様子はない。個々人はまるで自らの視点を幻想として眺めているかのように、あるいは過ぎ去っていく窓の外の風景のように話は進んでいく。

盲目となったクレッチマーが実際にはそうでないにもかかわらず、すべてがうまくいっていると考える箇所では、些細な描写がこのようなくいちがいをうまく表現する。

 

クレッチマーは憮然としてうなずきながら、自分には見えないさくらんぼをゆっくりと口に入れ、手のひらに見えない種を吐き出すのだった。

 

それまでは決して風景に描かれることがなかったさくらんぼをクレッチマーは食べる。見えないけれども誠実な姿でそこにいるマグダを想像することと同じく、読者にとってこのさくらんぼはクレッチマーが調子よく摘み出す幻想ではないかと考える。さくらんぼは、もはや好きなように動き回って手で掴むことができないクレッチマーにとっての最後の果実である。そしてこのシーンは最後にこのような描写で終わる。

 

ホーンはあくびをしながら、テーブルの上の皿に盛られたさくらんぼを掴み取り、庭に出ていった。

 

問題なのはこのようにして見る光景そのものが幻想でしかないということではないだろう。小説はナボコフのような巧みさではなくとも、簡単に再認によって真実らしさを描くことができる。しかし適度にあしらった真実らしさというのも幻想だろう(ロリータの出落ち序文、あるいは青白い炎の注釈という壮大なズッコケを参照)。我々が適宜判断するのはその場面において幻想が何なのかということ、カメラ・オブスクーラなのか、マグダなのか、あるいは他の…。